桜庭悠佳里ピアノ教室は、秋田県秋田市の個人ピアノ教室です

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ピアノ教師なんてこんな私にでもできる職業です

手元にある、スタニスラス・メラールさんのインタビュー記事で、「俳優なんて堕落者にもできる仕事」という発言に感情移入しています。ピアニストの道を諦めた挫折感についても。

ピアノ教師なんて、イラストレーター崩れ、3年でモデルの仕事を辞めた元モデルにもできる職業です。

私の子供の頃の、「人の気持ちをほっこりさせる絵を描く人になりたい」という夢が、写真という不思議な形になって30代になってから、忘れていた頃に叶ったように、メラールさんの夢も不思議な形で叶う時が来ると私は思っています。

メラールさんの魂の願い、子供の頃の夢が何かはわからないのですが・・・。

私、東京の音大に進学した、大学1年の頃から、モデルをやっていました。初仕事は、資生堂の美容学校でのカットモデルでした。「髪の切り方ってこうやるんだよー」という。

私、なぜか、一生ということにこだわる性格なみたいで、ピアノ教師を死ぬその日までやっていたいと思っているのですが、モデルだった頃は、一生モデルをやって老人モデルになりたいと思っていました。

友人からは「そこまで情熱を持てることなんてすごいね」と言われました。

今、インスタグラムの時代で、インスタグラムをやってみてわかったのですが、フリーのモデルっていっぱいいるんですね。事務所に所属してないモデル。

早い話、今、私が、「フリーのモデルです」ってインスタやってたら、モデルとして成立するんですよね。

そんなことする度胸ない元モデルのモデル崩れが、今ピアノ教師をやっているのが私なのですが、老人モデルになりたかったという夢が叶う日が来るのかなぁ・・・。

私が真面目に憧れていて、なりたいのが、ヴェルーシュカという70代のモデルで、若い頃からトップモデルだったのですが、今はドイツで、芸術的な仕事に限ってモデルをやっているそうです。大学時代から真面目に憧れています。

私の魂の願い、夢が、叶いますように。

よく30代過ぎたら無茶できないと言いますが、私、「まだまだ平気だもん」と思い、お化粧を落とさないで寝たり、お風呂に入らないで寝たりしていたのですが、先日、目の下に小じわを発見しました。発見が早く、すぐに保湿をしたら消えたのですが、「無茶できなくなったな」と思いました。現在38歳で、8月に39歳になります。

今日、仕事が終わったら、ちゃんとお風呂に入りました。清潔な体でブログを書いています。この後夕ご飯を食べて寝たら、私の今日1日は完了です。

いいエイジング対策のクリームを、今、探しています。

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ブログ 2020/03/12

今日の仕事が終わりました。

今日の仕事が終わりました。

16時から、心美ちゃんという小学2年生の女の子が来てくれました。

上達が早く、飲み込みが早く、土が水を染み込むようにという表現がありますが、そう言ってほめたら、お母さんが「そんなこと言われたの生まれて初めてだ」と親子で喜んでくれました。

こどものバイエル1と、ワークブックをやらせています。

私、こどものバイエルシリーズ、ほっこりする可愛い絵が書かれているね、と前から生徒さんたちと話していたのですが、古着屋さんの店員さんのなつきさんが「いもとようこさんの絵だ、私子供の頃からいもとようこさんのファンだった」と言い、初めて、いもとようこさんというイラストレーターがイラストを描いている、と知りました。

私、イラストレーターになりたかったのに、なれませんでした。

小学校1~2年の時、給食で春の3月頃、ひな祭りとかだったからだと思うのですが、心がほっこりする、苺に顔が描かれた絵が、おやつの袋に描かれていて、こういう絵を描く人になりたい、と思いました。

そしたら、大人になったら、夢見たイラストレーターの道をあきらめ、音楽を仕事にしてみたら天職で、みんなの憧れを集めてしまい、「私、音楽仕事にしたいのにできない人がたくさんいるのに、どうして私ピアノ教師になったんだろう・・・イラストレーター崩れの私が・・・」とセルフイメージが悪かったのですが、インスタグラムを始めてみたら、「ほっこりするお写真ですね」とコメント欄に書かれるんですね。1回2回じゃなく、何度も。

ピアノの生徒さんのお母さんからいただいたチョコレートを撮って載せたら、「こういう写真撮れる人になりたいです!」とか。

ただ撮っただけなんですけど。

不思議に思って、なつきさんにしゃべったら、「桜庭さんの雰囲気とか人柄が表れていてそうなんじゃないか」と言われました。

ほっこりするイラストを描く人にはなれなかったのですが、ほっこりする写真を撮る人に成長してしまいました。本当に、ただ撮ってるだけで、ほっこりさせようとか、意識してないです。

ivanがしくじり先生で、個性は狙って出すものではなく自然に出てくるもの、自分の中には色々な個性があるからそれを磨いていくことが大事、と言っていたのですが、「ほっこり」が私の個性なのだと思います。

魂の願いとか、子供の頃夢見たものって、不思議な形で叶うんだなぁ、と思いました。

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ブログ 2020/03/12

ラマンとクリスチナ・ロセッティ

私が、自分とピアノの関係について、説明する時出てくるのが、マルグリット・デュラスのラマンなのですが。

主人公の14歳の少女は、お金のためだとわりきって中国人の男性とつきあうけど、フランスに帰る船の上で、本当はあの男を愛していた、と気づき、泣き崩れるのです。

「ピアノがそのいやらしい中国人の男扱いなんだ」と、人にしゃべると時々笑われるのですが。

私が、愛してないものとつきあう主人公で、愛していないと思っていたのに、本当は愛していた、と気づかれるものが、音楽で、ピアノなのですが。

私、ピアノが私を選んでくれたんだと思っていた。だけど、クリスチナ・ロセッティという詩人の「最初に私があなたを愛した」という詩と2017年に出会ったのですが、「最初に愛したのは私 だけどあなたの愛は私の愛を超えて舞い上がり高らかと歌を歌った」

私、ずっとピアノが私を愛してくれたと思っていた。だけど私もピアノを愛しているのではないか。

ピアノを、最初から愛していたのではなく、ピアノが私を愛してくれていることに感謝をし、ピアノを愛するようになったのだと思います。

母にやらされ、嫌で嫌でしょうがなかったピアノ。

クリスチナの詩そのまんまです。

ピアノを愛してる。私にあれだけ嫌われても私を愛してくれていたから、愛してる。ピアノを愛してる。

私個人の感情や、母より、ピアノ・音楽の方が強かった。

私、不思議に思っていることがあって。

ピアノ・音楽は、何でこんなに私を愛してくれたんだろう、と思ってて。

言葉で愛してる・愛してると表現できるから、この人、今は私を愛してくれてなくても好きだわ、というのが、ピアノ・音楽の声だったのかな、と。

よくわかりません。

世の中、音楽を仕事にしたくてもできない人が多いのに、どうしてピアノ・音楽は、私なんかを選んでくれたんだろう、と。

わからないけど、愛しています。

私の人生は、最初音楽を嫌々やらされたけど、ピアノ・音楽から愛された、音楽と私の愛情物語だと思っています。

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ブログ 2020/03/12

着物・絵・浴衣

大学時代、成人式の話になって、「お着物で勝ち負けを競う会合に、低俗だから参加したくない、だから成人式行かない」と言ったら「ものすごく感受性が鋭い」と驚いて言われました。

「いじめられたから行かないとかなら話わかるけど、お着物で勝ち負けを競う会に低俗だから参加したくないって、ものすごい感受性の鋭さを感じるよ」と驚いて言われました。

驚く程のことでしょうかね。今となったら、どうでもいい話だけど。

当時、徒然草の「物に争わず」という文章が大好きで、人に勝ちたければ人を負かすのではなく自分を高めること、という美学を持っていたので、お着物やお化粧で勝ち負けを競う会を、とても低俗だと感じていたのです。

今の私は考えが違っていて、化粧して着物着て自分をいじめた人を見返せばよかったと思います。

大学でいじめの話になると、みんなから「同窓会行って見返してこい」と言われていました。

母は、私が成人式に行くから着物買って、とか言わない娘だったので、着物代が浮いて助かるぐらいに思っていたようです。

私、着物に関心がなくても、絵に関心があり大好きで、2003年、ヴィクトリア・ヌード展という展覧会で、「雲」という絵が売られていて(複製とかじゃなく本物)値段は4万円でした。

母に「買いたいからお金ちょうだい」と言ったら「だめ」と言われました。

大人になったら、オールポスターズという通販で絵を買うようになり、とても嬉しかったです。そしたら、オールポスターズが倒産してしまい、どこで絵を買ったらいいの、と困っていたら、アフロプリントという通販を見つけてきました。まだ買ってないけど。

振り返ってみると、お金がかかる娘だったなぁ、と思い、母に苦労かけたなぁ、と今思います。

着物に、本当に関心がなくて。母からしてみたら、着物代がかからなくて助かると思っていたようです。

浴衣なら1枚持っていて、7月20・21日の港祭りの日に、浴衣を着てお祭りに行くのが楽しみです。

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ブログ 2020/03/12

ヘルパーさんありがとう

ヘルパーさんが、何でも褒めてくれる人で、自分に自信がつきました。

映画「ラマン」の話になって、自分がお金のためにつきあっていると思っていた中国人の男を本当は愛していた、と気づき、船の上で泣き崩れるラストシーン、私、ピアノを母から嫌々やらされたのに、みんなから好きでやってると思われていて、そのことにずっとムカついてきて、今、普通に話しているけど、前まで、自分がピアノを選んだんじゃなくピアノが私を愛してくれたからやってる、とかくどくど言わないと気がすまなかった、今は普通に母にやらされて嫌だったけどやってみたら天職でした、って人に普通に言える、前までは人から「音楽好きでしょう」と言われるとムカついてムカついて、どうしようもなかった、今は普通に「はい」って言える、とだらだらしゃべっていたら、「その桜庭さんがピアノ教師続けてる、やってる理由、そこ素敵だと思う」と言われました。

ファーファーという服のブランドの話になった時、「センスのいい甘さが好きで」と言ったら、「センスのいい甘さって素敵」と言われ、お化粧の話になると「桜庭さんってお化粧できりっとした顔になったり優しい顔に変わったりするから、お化粧していて楽しいでしょう」と言ってくれたのです。

37年生きてきて、お化粧のことで優しい言葉をかけてもらうのが、生まれて初めてだったのです。

高校では「桜庭さん化粧したことある?!」と言われました。先日ブログに書いた母方の親族にも「悠佳里ちゃん、化粧したことある?」と2006年7月に言われました。

化粧映えしそうな美人が化粧しないでいるからそんな意地悪言われるのですね。

うちの母、化粧しない人でしたが、そんな意地悪な言葉、誰からも言われたことありませんんでした。(職業が教員で、それをひがまれて、仕事をしている女の人という理由で男性に意地悪されることはありました。私、ピアノ教師をやっていて、憧れられることはあっても、仕事をひがまれていじめられたことはほとんどありません)

何でもほめてくれるヘルパーさんで、高校時代の心の傷や、色んなことを癒されています。

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ブログ 2020/03/12

ピアノ教師になった、感受性が鋭かった子供

小学校5年生の時、家庭訪問で「悠佳里さんは、どこがどう違うとはっきり言えないけど、他の子と違う。もっと他の子と遊ばせるように」と言われたそうです。

母は「うち、どうしたらいいの」と困っていました。

私本人もどうしたらいいかわからず、非常に戸惑いました。

中学校ではいじめにあいました。

高校では「桜庭さんって、なんか私たちと違うんだよね」と女の子が3人くらいで固まって私を見ていました。

大学に入ったら、みちよちゃんという女の子が「桜庭さん私たちと考えてること違う」と、かなちゃんという女の子に言いました。

「またか」と思いました。

そしたら、かなちゃんが、みちよちゃんに同意しなかったのです。

ますみちゃんという女の子が「悠佳里ちゃんと同じこと考えてた」「悠佳里ちゃんの考えてること共感する」と言ってくれていました。

みちよちゃんに同意しなかったかなちゃんに、私は非常に感謝しているのです。

少人数の大学で、7人しかいなかったけど私と同じことを考えてた、という女の子がそろっていたのです。

秋田では「私たちと違う」と言われても、東京の音大に入ったら、悠佳里ちゃんと同じこと考えてた、という女の子が、7人しかいなくてもいたのです。

今振り返ってみると、感受性が他の子供より鋭かったんだと思うんですね。大学で「神経細い」「ものすごく感受性が鋭い」とみんなから言われまくっていました。秋田にいた時は誰も言ってくれませんでした。

東京の音大に進んで、お金はかかったけど、お金の問題じゃないものを手に入れたと思います。

今振り返ってみると、他の子供と遊んだくらいで直る感受性じゃないと思います。

あんまりムカつくので、書いていいですか?2日前、満月だったので、お月さまに影響されてるのかもしれません。

小学校5年の時の担任の先生へ。

あほかお前。

ブログ本出版する時は、この記事、訂正します。

お月さまに影響されているのかもしれません。その可能性高いです。

今日は夕方、小学2年生の女の子が来ます。明日は午前中ドコモショップの店員さんをなさっている女性が来て、午後ヘルパーさんが来てくれます。

 

 

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ブログ 2020/03/12

ムカつくことが減ってきて社会的キャラになじんできました。

今年の4月1日で、ピアノ教室を開いて15年になります。

人から、いい風に見られることに慣れてきました。

私が感情移入しているのが、ユマ・サーマンとアンジェリーナ・ジョリーで。

デビューして、インタビューで髪をバサバサにして顔を隠し、ダボダボのセーターで体の線を隠していた、ユマ・サーマン。「もっときれいにしてくれればもっと売れるのに」と言われていた、ニキビだらけでTシャツとジーンズ姿だったアンジェリーナ・ジョリー。

私、2005年、ピアノ教室を開いて、外を歩いていて「あっ、ピアノの先生だ」と知らない高校生から言われるのが、すごく嫌でした。

そしたら、マーロン・ブランドが、デビューしたての頃、「あっ、マーロン・ブランドだ」と言われるのが嫌だったと聞き、「私ひとりじゃないんだ」と気持ちが楽になりました。

あのマーロン・ブランドも同じこと考えていたと知り、ちょっと得意っけになりました。マーロン・ブランドと同じ感受性をしていたんですね。それを知った時、嬉しかったです。すごく嫌だったことが、喜びに変わりました。

2005年はそのことを知らず、小学生・中学生・高校生から「あっ、ピアノの先生だ」と言われるのが、本当に嫌でした。

「社会的キャラ」という言葉を知ったのですが、「ピアノが好きでお嬢様なピアノの先生」という、人目・外面に、ムカつかなくなったんですね。

私、2005年は肌荒れがひどく、それでも化粧したらきれいだったらしく、美人なピアノの先生扱いで、外を歩いていたら知らない学生から「あっピアノの先生だ」と言われまくっていました。

同じ家で、母が塾をやっていたのですが、みんなから「塾の先生の家」じゃなく「ピアノの先生の家」と呼ばれていました。

ピアノを弾いてると家の外に人が集まってきたり、家をのぞかれたり、本当に嫌でした。母に嫌々やらされたピアノだったのに、みんなからピアノを好きで仕事にしていると思われていて、本当に嫌でした。

「社会的キャラ」になじめなく、2005年の冬ころから自分が崩壊していく感じでした。2006年7月14日に母が亡くなり、母方の親族が家にわっと集まってきたのですが、「もっときれいに」とか「悠佳里って風呂入らないの」と言われたりしました。

2007年も肌荒れがひどく、2008年頃には良くなってきました。

今現在の肌の話なのですが、ノーファンデで、みんなから「肌めちゃくちゃきれい、本当にファンデーション塗ってないの?」と言われています。

ユマ・サーマン、アンジェリーナ・ジョリーの気持ちが、痛いほどわかります。「きれいな女優」という社会的キャラになじめなかったんですね。今は二人ともきれいにしてますよね。

私、ピアノの先生を15年やって、やっと社会的キャラになじんでるんだと思います。

私のピアノは、よく15年も辛抱していてくれたと思います。私が仕事を愛したんじゃなく、仕事が私を愛してくれていて、辛抱強く、待っていてくれたんだと思います。

4月1日にはケーキを買ってお祝いしようかな。

 

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ブログ 2020/03/09

詐欺、やめてくださいね。

ついさっき教室宛にメールが来て、読んだら、詐欺でした。

有名雑誌で、お稽古事のコーナーに載せたい、料金は25万円~、と書かれていました。

去年も某有名雑誌から同じようなメールが来て、私がお金を払って(高額でした)雑誌に掲載されるということに疑問を持ち、返事を書いたら、プロのライターが書くからそのくらいの値段になる、うちの雑誌に載るだけで教室の宣伝効果があるからあなたに損はない、と返事が返って来ました。

うちの教室に通ってくれている頼もしいサラリーマンのSさんに相談したら「着手金目的の詐欺だから無視して下さい」と返事が返ってきました。

また、知り合いの開業医にしゃべったら、「自分の所にも、日本の名医として紹介したいとか詐欺いっぱい来る」と言っていて、雑誌名を聞いたら、有名雑誌で、有名雑誌や有名出版社が、そういう詐欺を行っていることにショックをうけました。

生徒さんにしゃべったら、雑誌、売れなきゃお金にならないから、有名雑誌に見えて売れてないんじゃないか、と言われました。

また、私の母が生きている時、自宅で学習塾を開いていたのですが、「広告を出してあげる」という詐欺にあっているのをリアルタイムで見てきました。

私の母がそういう経験があるのを見てきたのと、サラリーマンのSさん、開業医がいるので、騙すのが不可能な教室です。

出版社の方、これ読んでます?

詐欺、やめて下さいね。

あなたの雑誌に載らなくてもピアノ教室、運営できてます。

今日午後4時から、4月から高校3年生になる女の子が来ます。また、日曜日の朝9時に、小学2年生の女の子と6歳の男の子の兄弟が来ます。

教室の状況は、そんな感じです。

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ブログ 2020/02/28

教室の現状

こんにちは、久々のブログです。

木曜日、小学2年生の女の子が来ました。

こどものバイエル1をやっていて、30分で1冊弾いてしまうんですね。

残り30分、こどものバイエル2をやらせてみたら、できなくて。

バイエル1は片手なのですが、2にうつると、両手になるんですね。

今日、小学2年生の女の子(その子とは別の子)が来るのですが、その子も今、バイエル2でつっかかっていて。

両手で弾くとか、右手と左手で違う音を弾くとか、小学2年生だと、難しいらしくて。

何かいい方法ないかなー、と考えています。

金曜日には、保母さんを目指している高校生の女の子が来ました。

その子は今、バイエル3でつっかかっています。

「ムズい、ムズい」(難しい)と言っています。

毎週まじめに来てくれる子で、経済状態が安定し、助かっています。

今日は朝9時から小学2年生の女の子と6歳の男の子の兄弟と、10時から音楽への情熱がすごいサラリーマンのSさんが来ます。

教室の現状は、そんな感じです。

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ブログ 2020/02/09

不快な出来事

あまりにも不快な出来事があったので、吐き出していいですか・・・?(ブログ本出版することになったら、この記事、削除しようと思っています)

昨年の12月5日に、教室に問い合わせが来ました。

メールの内容なのですが、男の子と女の子を2人ヤマハで習わせていて(男の子は個人レッスン、女の子はグループレッスン)ヤマハの月謝がうちにはキツイので、融通がきく個人の教室を探していた、という内容でした。

それを読んで、私、低料金で教えてあげよう、天命だわ、と思いました。

それで、実際に教室に来てみたら、4歳の女の子が、フェリシモの色鉛筆を見つけ、「お絵描きするー」と言い、ピアノを弾いてくれないのです。

「普段ヤマハでどんな風なのか、うちにたまたま色鉛筆があるからこうなのか」と聞いたら、「主人が連れていってるのでわからない」と言うのです。

兄弟2人、すごく物を欲しがり、フェリシモの付箋とシールを1枚あげました。

その他に、2階の私の部屋を見ると言い、お母さんと私2人で止めました。

「年をとってからできた子だから可愛くって」と言っていました。

私にとっては不快な子で、げんこつでごつんと頭を叩いてやりたいレベルでした(実際に行動に移す私ではありません)。

男の子が「この教室はちょっと合わないみたいですね」言いました。

2人ともヤマハで習いたがっているのにお金が原因で片方を個人の教室で習わせたがっているのです(親のわがままですよね・・・とメールにも書かれていました。)

結局、うちでは話がまとまらず、「秋田の個人教室をまわる予定です」と言うので「いい教室が見つかるといいですね」と言って、お別れしました。

全然、天命じゃない。こんな家庭に低料金で教えてあげようとしてたのばかみたい。と思いました。

専業主婦のお母さんだったのですが、うち、共働きのお母さんだと、お金に余裕があるらしく、共働きの子供さんだと続きやすいです。

共働きでスケジュールが厳しく、うちの月謝をきちんと払ってくれるお母さんの子供さんに、お母さんのスケジュールに合わせて教える教室でいこうかな、と思います。

次の日来た、ヘルパーさんをなさっているお母さんの子供2人が天使に見えました。

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ブログ 2020/01/04

土崎に恨みたっぷりでした。

私、土崎に恨みたっぷりでした。

2006年、話題の悲劇のピアノ教師扱いで、本当に土崎から脱出したくて、どうしようもありませんでした。

そんな私が、今では、一生現在の自宅・教室で生きていこうと思っているのは、天命に気がついたからです。

自分で選んだ職業ではない職業、ピアノ教師。

私の天命は、現在の自宅で、初めてピアノに触る生徒さんに、怒ったりせず、優しく指導することが、天から与えられた仕事だと思ったからです。

2007年に思いました。

私、立ち直りが早かったんだと思います。

それからも、土崎への恨みがなかなか消えなかったのですが、今日、土崎の神明社という神社に行って、初詣という当たり前のことをすることで、「あ、私、土崎に根をはり始めている」と思いました。

母からかぶせられたピアノという苦しみ、土崎への恨み、苦しみ。

それ以外で土崎に恨みがあったのが、土崎中学校でいじめにあったんですね。

毎年の7月20・21日の港祭りが大嫌いになりました。

大人になってからできた友達から「一緒にお祭りに行ってみたかった」と言われ、私、幸せに港祭りを過ごせるようになりました。何年になるんだろう、2014年頃からかな。浴衣着て。

一生、土崎の自宅兼教室で幸せに過ごしていきたいと思っています。

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ブログ 2020/01/04

2006、2006ってもうやめようと思いました。

私がピアノ教室を開いたのは2005年です。

そしたら地元で話題の先生になり、外を歩いていると「あっ、ピアノの先生だ」と知らない高校生から言われたりしました。

教室を開いたら、みんな、人が来てる風に思ってたらしく、現状は生徒が1人という現状でした。

2006年7月14日、母が亡くなったら、あの先生どうやって生きていくんだろう、と悲劇のピアノ教師扱いで、ピアノをやめて会社員にでもなるのかな、と話題の的になりました。

外を歩いていたら、すれ違う時、中学生から「ピアノの先生ってバイトとかしてるの?」と面白そうに言われました。

この話、今書き途中の小説「元神クールベ」で使わせてもらいました。

苛酷な運命に翻弄されるピアノの先生がクールベの愛で救出される、という話です。

トラウマ掘り起こし作業みたいな小説で、なかなか筆が進みません。ネタならたくさんあるんだけど。

2006、2006って、2006年は私の心に壮絶なトラウマを与えました。

人生って、その時は意味がわからなくても、後になってみたら「ああ、あのつらい出来事には、こんな意味があったんだ」と振り返れることって、だれの人生でもあることだと思うのですが、最近、「私、元神クールベ書くためにああいう目にあったんじゃないか」と自分を上からみれるようになり、2006年ネタなら大量にあるし、うん、今、書いていて思ったけど、元神クールベ書くために、2006年あんな苦しみを味わったのだと思います。

ところが、今2020年ですよね。今日生徒さんに「2006、2006って言ってるの、もうやめようと思った」って言ったら、「そうだ」と言われました。

2006、単なるネタで、自分の意識から消してしまおう、忘れよう、と思いました。

元神クールベ、2006年のトラウマ掘り起こし作業になることを覚悟していて、なかなか筆が進みません。

一人でいるピアノの先生のことをいつも天使のクールベが見守っていてくれている、という話なのですが。それで、波長が合って姿が見えてしまい、天使とピアノの先生の恋物語、クールベは肉体を持って天から降りてきて、二人は結ばれ、結婚して終わるのですが。

日常生活の中で2006年のことを思い出さない、こだわらないようにしようと思います。

元神クールベを書いていたら、どうしても2006年のトラウマを掘り起こす作業になってしまうけど、仕方ないと思います。

14年前ですよね、2006年って・・・。

そのぐらい2006年が物凄いトラウマだったんだと思います

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ブログ 2020/01/04

生徒さんと初詣に行って来ました。

今日、生徒さんと初詣に行って来ました。

ピアノ教室を開いた15年前、一緒に初詣に行く生徒さんが来てくれるとは・・・。思いもしませんでした。

どうして人生って、いいことも悪いことも思ったとうりにいかないんだろう。

家のお札をチェックしてくれて、今のままで問題ない、と言われました。

土崎神明社という神社に車で連れていってくれて、お守りを買いました。

おみくじでは中吉でした。

その後ローソンに寄って、アイスクリームを買ってくれました。

その後家に来て、しゃべったりした後レッスンしました。ベートーベンの「月光」をレッスンしました。

明日は朝9時から、小学2年生の女の子と6歳の男の子の兄弟2人にレッスンします。

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ブログ 2020/01/04

なぜサーカスの象がサーカスから逃げないのかわかる

アマゾンで本を読みました。

その本の最後に、「サーカスでつながれた象」という話が書かれていました。

サーカスの小象は鎖でつながれ、逃げることができない。大人になって逃げれる大きい象になってもいつまでもサーカスにいる、と、子供の頃のトラウマが原因で大人になっても人生が思うようにいかない人のものの例えとして書かれていたのですが、私、「ああ、わかる」と思いました。

私は自分がピアノをやりたかったのにできなかった母に、3歳からヤマハに通わされ、ピアノから逃れることができませんでした。

嫌々ピアノ教室を開き、母から逃れることができませんでした。

ところが、やってみたら向いていた。天職だった。

今では一生の仕事にし、白髪のきれいなおばあさん先生になるのが夢です。

サーカスの象がなぜ大人になってから、逃げれるくらいの体力があるのにサーカスにいるのかわかる。

サーカスの象でいることが天職の象に生まれたから。

私がサーカスの象なら、鎖を脚から外されても、サーカスにいて、観客を楽しませようとするでしょう。

ああ、わかる、とサーカスの象の話に思いました。

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ブログ 2020/01/04

師弟愛について

アニメ「ピアノの森」で考えさせられたのが、師弟愛についてなんですよね。

私、元世界的ピアニストのあじのが海くんの才能に気づき、自分が天才だから海くんの才能に気づき、天才が天才を見出して最後ショパンコンクールで勝利する、師弟愛の話だと思ってて。

ピアノの森を紹介してくれた生徒さんからは「自分そういう風に見てない」と言われました。

自分が先生になってみたら、自分がいかにいい生徒だったがわかりました。

私のピアノの先生がどれだけ私に愛情を持ってくれてたかもわかりました。

母親から嫌々やらされていたピアノ。

ヤマハの先生だったのですが、当時27歳だったと思います。

30分レッスンのうち、25分しゃべりで、最後の5分、ピアノを弾いていました。

母から嫌々ピアノをやらされていることを気遣ってくれていたのだと思います。

あと、私、自分が先生になってみたら、私の先生、私とのしゃべり楽しくて、毎週楽しみにしてたんだ、と思いました。

今の私の課題は、師弟愛を作りあげることです。

人との出会いって、本当にスピリチュアルなものだと思います。

これからどんな生徒さんと出会っていくかわかりませんが、師弟愛という絆でがっちり結ばれている、そんな生徒さんがほしいです。

私と生徒さん、2人でコツコツ作りあげていくものだと思います。

師弟愛というもので結ばれている、そんな生徒さんがほしいです。

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ブログ 2019/10/27

生徒さんのお誕生日をお祝いしました。

4月から、ヘルパーさんをなさっているお母さんの子供さん2人を教えています。

女の子の方は小学1年生、男の子の方は5歳だったのですが、10月23日で6歳になり、お誕生日のお祝いをしました。うちの教室の恒例行事です、生徒さんのお誕生日祝いをするの。

オレンジが好きだと以前から聞いていたので、近くのお菓子屋さんで売られている、オレンジケーキというケーキにしました。オレンジの皮が入っているパウンドケーキみたいなケーキです。

食べながらお母さんと話になって、「どうして個人の教室を選んだんですか」と聞いたら、「個人の教室の方が色々融通がきくと思って」と言われました。

今日、うちの教室にしてよかった、みたいなことを言われ、4月から、コツコツと絆を作ってきたんだな、と嬉しくなりました。

これからも生徒さんのお誕生日を祝う、十五夜お月さんの日は生徒さんとうさぎの形をしたお餅をたべる、食の喜びを生徒さんと分かち合う教室でありたいと思っています。

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ブログ 2019/10/27

作家活動、着々と進行中

以前のブログを、ブログ本出版のために色々手直ししようと思って見ていたら、「画家に捧げる恋物語で、ベルリン天使の詩がサンプル、死後、天使をやっていた画家が人間と恋に落ち、肉体を持って人間になって降りてきて、結ばれ、一緒に暮らし始める・・・というシリーズを、ロセッティ、クールベ、ゴッホ、エゴン・シーレで作っていて、4作目になる」と書いていたのですが、ロセッティ、完成しました・・・。

毎日、ピアノ教室の仕事をしたり、のんびりしたりして暮らしていたら、「あ、今、ゴッホとクールベが進んでる」と、さっき、気づきました。

原稿用紙に最初から向かっていなくて、セリアで買った自由帳にネタを書いたりしていたら、自然にネタがたまっていました。

元神クールベ、過酷な運命を生きるピアノの先生がクールベの愛で救済されるというラブストーリーで、2001~2006年の自伝的な話になってしまいました。

元神ゴッホは、生徒が20人いて稼いでいるけど、孤独な人生を生きているピアノの先生が、孤独で波長が合って、ゴッホの姿が見えてしまう。

空に雲や月で絵を描く仕事に戻ろうとしたらピアノの先生が泣き出してゴッホは仕事に戻れず、先生は、自殺したら一緒になれると言いだして実行に移そうとしたりして、天界で問題になり、ゴッホが人間になって降りてきて、結ばれ、一緒に暮らし始める・・・という、二人の暮らしで話が進んでいく話なのですが、最後、子供を出産させて終わらせようと考えています。

毎日、日々を送っていたら、自然にネタがたまっていました。

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ブログ 2019/09/30

インスタグラム

今、スマホを見たら、またいいね!が4件来ていました。

運命のワンピースにもいいね!来ていました。

えーん、えーん、投稿してすぐにいいね!来なくても、バーッと大量にいきなりいいね!こなくても、いいものなら1時間後でもいいね!来るんだ、と嬉し泣きです。

私が心の支えにしている、ジェームズ・アンソールという画家がいるのですが、若い頃は認められず、年をとってから評価されたのですが、その評価されているものが、当時は誰からも評価されなかった、25~35歳にかけての絵が評価されているという不思議な画家なのです。最大傑作と評価されている「キリストのブリュッセル入場」が評価されたのは、制作してから41年後でした。

私、スマホのインスタグラムの写真を保存していて、写真集の出版を考えているのです。

私、今シャドウバンにあっていても、41年後、私の写真集が評価されていたら・・・と思うと、イヒヒヒヒ。

芸術家ぶってるおかしな発言だと思われるの承知なのですが。

アンソールも、認められる以前、誰からも認められなかった若い時代から、天才ぶってたもん。

アンソール心の支えです。

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ブログ 2019/09/29

インスタグラム

インスタグラムのシャドウバンは相変わらずです。

今日、常連になっていた古着屋さんキロストア秋田が閉店で、閉店セールに行って来ました。

3000円で、ワンピースを6着買いました。

その中で「これ、運命?」と思ったワンピースがあり。

私、古着屋さんの店員さんとも話していたんだけど、運命の服というものがあって、この世界のどこかに私の所に来るのを待っている服がある、と思っているんです。

ジャストサイズでぴったりな服があると、「これ、運命?」と店員と盛り上がっていました。学生時代からそうでした。

今日、「運命?」と思った、赤いワンピースは、服の横のチャックがちゃんと上がって、ボディラインがきれいに出るワンピースでした。

家に帰ってきてから、写真を撮ってインスタグラムに載せたりのですが、いいね!が以前みたいに来なくて、しょんぼりして、放っておいたら、その運命のワンピースにいいね!が来て、誰からかと思ってクリックしたら、バイヤーなどを育てるファッションスクールからで、「あぁ、私が選んだり、いいと思ったりするもの、間違いじゃなかったんだ」と嬉しく思いました。バーッといいね!いいね!いいね!と来なくても、投稿1時間後に、ファッションのプロからいいね!来てればいっか、と元気になりました。

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2019/09/29

今日の仕事

今日は午前中に、3人、生徒さんが来ました。

5歳の男の子と小学1年生の女の子を、兄弟で教えているのですが、男の子が、最近家で練習していて、できると「やったー!!」と言っているそうです。

ピアノ教師として嬉しかったです。うちの教室も教室らしくなってきたなぁ、と思いました。

10時から、サラリーマンのSさんに、月光を教えたのですが、本当に、真面目に教えました。

Sさんとは相性がいいというのか、しゃべりが楽しくて、ピアノを弾かないで1時間半しゃべって帰ったこともあるくらいです。

今日は、本当に、お互い真面目にレッスンしました。

時間になって、「今日、しゃべりが短くてさみしかった」とSさんに言ったら、笑っていました。

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ブログ 2019/09/29
桜庭悠佳里ピアノ教室 〒011-0946 秋田県秋田市土崎港中央6丁目16-39 TEL/FAX 018-857-0216