桜庭悠佳里ピアノ教室は、秋田県秋田市の個人ピアノ教室です

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ピアノ教師なんてこんな私にでもできる職業です

手元にある、スタニスラス・メラールさんのインタビュー記事で、「俳優なんて堕落者にもできる仕事」という発言に感情移入しています。ピアニストの道を諦めた挫折感についても。

ピアノ教師なんて、イラストレーター崩れ、3年でモデルの仕事を辞めた元モデルにもできる職業です。

私の子供の頃の、「人の気持ちをほっこりさせる絵を描く人になりたい」という夢が、写真という不思議な形になって30代になってから、忘れていた頃に叶ったように、メラールさんの夢も不思議な形で叶う時が来ると私は思っています。

メラールさんの魂の願い、子供の頃の夢が何かはわからないのですが・・・。

私、東京の音大に進学した、大学1年の頃から、モデルをやっていました。初仕事は、資生堂の美容学校でのカットモデルでした。「髪の切り方ってこうやるんだよー」という。

私、なぜか、一生ということにこだわる性格なみたいで、ピアノ教師を死ぬその日までやっていたいと思っているのですが、モデルだった頃は、一生モデルをやって老人モデルになりたいと思っていました。

友人からは「そこまで情熱を持てることなんてすごいね」と言われました。

今、インスタグラムの時代で、インスタグラムをやってみてわかったのですが、フリーのモデルっていっぱいいるんですね。事務所に所属してないモデル。

早い話、今、私が、「フリーのモデルです」ってインスタやってたら、モデルとして成立するんですよね。

そんなことする度胸ない元モデルのモデル崩れが、今ピアノ教師をやっているのが私なのですが、老人モデルになりたかったという夢が叶う日が来るのかなぁ・・・。

私が真面目に憧れていて、なりたいのが、ヴェルーシュカという70代のモデルで、若い頃からトップモデルだったのですが、今はドイツで、芸術的な仕事に限ってモデルをやっているそうです。大学時代から真面目に憧れています。

私の魂の願い、夢が、叶いますように。

よく30代過ぎたら無茶できないと言いますが、私、「まだまだ平気だもん」と思い、お化粧を落とさないで寝たり、お風呂に入らないで寝たりしていたのですが、先日、目の下に小じわを発見しました。発見が早く、すぐに保湿をしたら消えたのですが、「無茶できなくなったな」と思いました。現在38歳で、8月に39歳になります。

今日、仕事が終わったら、ちゃんとお風呂に入りました。清潔な体でブログを書いています。この後夕ご飯を食べて寝たら、私の今日1日は完了です。

いいエイジング対策のクリームを、今、探しています。

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ブログ 2020/03/12

今日の仕事が終わりました。

今日の仕事が終わりました。

16時から、心美ちゃんという小学2年生の女の子が来てくれました。

上達が早く、飲み込みが早く、土が水を染み込むようにという表現がありますが、そう言ってほめたら、お母さんが「そんなこと言われたの生まれて初めてだ」と親子で喜んでくれました。

こどものバイエル1と、ワークブックをやらせています。

私、こどものバイエルシリーズ、ほっこりする可愛い絵が書かれているね、と前から生徒さんたちと話していたのですが、古着屋さんの店員さんのなつきさんが「いもとようこさんの絵だ、私子供の頃からいもとようこさんのファンだった」と言い、初めて、いもとようこさんというイラストレーターがイラストを描いている、と知りました。

私、イラストレーターになりたかったのに、なれませんでした。

小学校1~2年の時、給食で春の3月頃、ひな祭りとかだったからだと思うのですが、心がほっこりする、苺に顔が描かれた絵が、おやつの袋に描かれていて、こういう絵を描く人になりたい、と思いました。

そしたら、大人になったら、夢見たイラストレーターの道をあきらめ、音楽を仕事にしてみたら天職で、みんなの憧れを集めてしまい、「私、音楽仕事にしたいのにできない人がたくさんいるのに、どうして私ピアノ教師になったんだろう・・・イラストレーター崩れの私が・・・」とセルフイメージが悪かったのですが、インスタグラムを始めてみたら、「ほっこりするお写真ですね」とコメント欄に書かれるんですね。1回2回じゃなく、何度も。

ピアノの生徒さんのお母さんからいただいたチョコレートを撮って載せたら、「こういう写真撮れる人になりたいです!」とか。

ただ撮っただけなんですけど。

不思議に思って、なつきさんにしゃべったら、「桜庭さんの雰囲気とか人柄が表れていてそうなんじゃないか」と言われました。

ほっこりするイラストを描く人にはなれなかったのですが、ほっこりする写真を撮る人に成長してしまいました。本当に、ただ撮ってるだけで、ほっこりさせようとか、意識してないです。

ivanがしくじり先生で、個性は狙って出すものではなく自然に出てくるもの、自分の中には色々な個性があるからそれを磨いていくことが大事、と言っていたのですが、「ほっこり」が私の個性なのだと思います。

魂の願いとか、子供の頃夢見たものって、不思議な形で叶うんだなぁ、と思いました。

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ブログ 2020/03/12

ラマンとクリスチナ・ロセッティ

私が、自分とピアノの関係について、説明する時出てくるのが、マルグリット・デュラスのラマンなのですが。

主人公の14歳の少女は、お金のためだとわりきって中国人の男性とつきあうけど、フランスに帰る船の上で、本当はあの男を愛していた、と気づき、泣き崩れるのです。

「ピアノがそのいやらしい中国人の男扱いなんだ」と、人にしゃべると時々笑われるのですが。

私が、愛してないものとつきあう主人公で、愛していないと思っていたのに、本当は愛していた、と気づかれるものが、音楽で、ピアノなのですが。

私、ピアノが私を選んでくれたんだと思っていた。だけど、クリスチナ・ロセッティという詩人の「最初に私があなたを愛した」という詩と2017年に出会ったのですが、「最初に愛したのは私 だけどあなたの愛は私の愛を超えて舞い上がり高らかと歌を歌った」

私、ずっとピアノが私を愛してくれたと思っていた。だけど私もピアノを愛しているのではないか。

ピアノを、最初から愛していたのではなく、ピアノが私を愛してくれていることに感謝をし、ピアノを愛するようになったのだと思います。

母にやらされ、嫌で嫌でしょうがなかったピアノ。

クリスチナの詩そのまんまです。

ピアノを愛してる。私にあれだけ嫌われても私を愛してくれていたから、愛してる。ピアノを愛してる。

私個人の感情や、母より、ピアノ・音楽の方が強かった。

私、不思議に思っていることがあって。

ピアノ・音楽は、何でこんなに私を愛してくれたんだろう、と思ってて。

言葉で愛してる・愛してると表現できるから、この人、今は私を愛してくれてなくても好きだわ、というのが、ピアノ・音楽の声だったのかな、と。

よくわかりません。

世の中、音楽を仕事にしたくてもできない人が多いのに、どうしてピアノ・音楽は、私なんかを選んでくれたんだろう、と。

わからないけど、愛しています。

私の人生は、最初音楽を嫌々やらされたけど、ピアノ・音楽から愛された、音楽と私の愛情物語だと思っています。

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ブログ 2020/03/12

着物・絵・浴衣

大学時代、成人式の話になって、「お着物で勝ち負けを競う会合に、低俗だから参加したくない、だから成人式行かない」と言ったら「ものすごく感受性が鋭い」と驚いて言われました。

「いじめられたから行かないとかなら話わかるけど、お着物で勝ち負けを競う会に低俗だから参加したくないって、ものすごい感受性の鋭さを感じるよ」と驚いて言われました。

驚く程のことでしょうかね。今となったら、どうでもいい話だけど。

当時、徒然草の「物に争わず」という文章が大好きで、人に勝ちたければ人を負かすのではなく自分を高めること、という美学を持っていたので、お着物やお化粧で勝ち負けを競う会を、とても低俗だと感じていたのです。

今の私は考えが違っていて、化粧して着物着て自分をいじめた人を見返せばよかったと思います。

大学でいじめの話になると、みんなから「同窓会行って見返してこい」と言われていました。

母は、私が成人式に行くから着物買って、とか言わない娘だったので、着物代が浮いて助かるぐらいに思っていたようです。

私、着物に関心がなくても、絵に関心があり大好きで、2003年、ヴィクトリア・ヌード展という展覧会で、「雲」という絵が売られていて(複製とかじゃなく本物)値段は4万円でした。

母に「買いたいからお金ちょうだい」と言ったら「だめ」と言われました。

大人になったら、オールポスターズという通販で絵を買うようになり、とても嬉しかったです。そしたら、オールポスターズが倒産してしまい、どこで絵を買ったらいいの、と困っていたら、アフロプリントという通販を見つけてきました。まだ買ってないけど。

振り返ってみると、お金がかかる娘だったなぁ、と思い、母に苦労かけたなぁ、と今思います。

着物に、本当に関心がなくて。母からしてみたら、着物代がかからなくて助かると思っていたようです。

浴衣なら1枚持っていて、7月20・21日の港祭りの日に、浴衣を着てお祭りに行くのが楽しみです。

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ブログ 2020/03/12

ヘルパーさんありがとう

ヘルパーさんが、何でも褒めてくれる人で、自分に自信がつきました。

映画「ラマン」の話になって、自分がお金のためにつきあっていると思っていた中国人の男を本当は愛していた、と気づき、船の上で泣き崩れるラストシーン、私、ピアノを母から嫌々やらされたのに、みんなから好きでやってると思われていて、そのことにずっとムカついてきて、今、普通に話しているけど、前まで、自分がピアノを選んだんじゃなくピアノが私を愛してくれたからやってる、とかくどくど言わないと気がすまなかった、今は普通に母にやらされて嫌だったけどやってみたら天職でした、って人に普通に言える、前までは人から「音楽好きでしょう」と言われるとムカついてムカついて、どうしようもなかった、今は普通に「はい」って言える、とだらだらしゃべっていたら、「その桜庭さんがピアノ教師続けてる、やってる理由、そこ素敵だと思う」と言われました。

ファーファーという服のブランドの話になった時、「センスのいい甘さが好きで」と言ったら、「センスのいい甘さって素敵」と言われ、お化粧の話になると「桜庭さんってお化粧できりっとした顔になったり優しい顔に変わったりするから、お化粧していて楽しいでしょう」と言ってくれたのです。

37年生きてきて、お化粧のことで優しい言葉をかけてもらうのが、生まれて初めてだったのです。

高校では「桜庭さん化粧したことある?!」と言われました。先日ブログに書いた母方の親族にも「悠佳里ちゃん、化粧したことある?」と2006年7月に言われました。

化粧映えしそうな美人が化粧しないでいるからそんな意地悪言われるのですね。

うちの母、化粧しない人でしたが、そんな意地悪な言葉、誰からも言われたことありませんんでした。(職業が教員で、それをひがまれて、仕事をしている女の人という理由で男性に意地悪されることはありました。私、ピアノ教師をやっていて、憧れられることはあっても、仕事をひがまれていじめられたことはほとんどありません)

何でもほめてくれるヘルパーさんで、高校時代の心の傷や、色んなことを癒されています。

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ブログ 2020/03/12

ピアノ教師になった、感受性が鋭かった子供

小学校5年生の時、家庭訪問で「悠佳里さんは、どこがどう違うとはっきり言えないけど、他の子と違う。もっと他の子と遊ばせるように」と言われたそうです。

母は「うち、どうしたらいいの」と困っていました。

私本人もどうしたらいいかわからず、非常に戸惑いました。

中学校ではいじめにあいました。

高校では「桜庭さんって、なんか私たちと違うんだよね」と女の子が3人くらいで固まって私を見ていました。

大学に入ったら、みちよちゃんという女の子が「桜庭さん私たちと考えてること違う」と、かなちゃんという女の子に言いました。

「またか」と思いました。

そしたら、かなちゃんが、みちよちゃんに同意しなかったのです。

ますみちゃんという女の子が「悠佳里ちゃんと同じこと考えてた」「悠佳里ちゃんの考えてること共感する」と言ってくれていました。

みちよちゃんに同意しなかったかなちゃんに、私は非常に感謝しているのです。

少人数の大学で、7人しかいなかったけど私と同じことを考えてた、という女の子がそろっていたのです。

秋田では「私たちと違う」と言われても、東京の音大に入ったら、悠佳里ちゃんと同じこと考えてた、という女の子が、7人しかいなくてもいたのです。

今振り返ってみると、感受性が他の子供より鋭かったんだと思うんですね。大学で「神経細い」「ものすごく感受性が鋭い」とみんなから言われまくっていました。秋田にいた時は誰も言ってくれませんでした。

東京の音大に進んで、お金はかかったけど、お金の問題じゃないものを手に入れたと思います。

今振り返ってみると、他の子供と遊んだくらいで直る感受性じゃないと思います。

あんまりムカつくので、書いていいですか?2日前、満月だったので、お月さまに影響されてるのかもしれません。

小学校5年の時の担任の先生へ。

あほかお前。

ブログ本出版する時は、この記事、訂正します。

お月さまに影響されているのかもしれません。その可能性高いです。

今日は夕方、小学2年生の女の子が来ます。明日は午前中ドコモショップの店員さんをなさっている女性が来て、午後ヘルパーさんが来てくれます。

 

 

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ブログ 2020/03/12
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