私が、自分とピアノの関係について、説明する時出てくるのが、マルグリット・デュラスのラマンなのですが。

主人公の14歳の少女は、お金のためだとわりきって中国人の男性とつきあうけど、フランスに帰る船の上で、本当はあの男を愛していた、と気づき、泣き崩れるのです。

「ピアノがそのいやらしい中国人の男扱いなんだ」と、人にしゃべると時々笑われるのですが。

私が、愛してないものとつきあう主人公で、愛していないと思っていたのに、本当は愛していた、と気づかれるものが、音楽で、ピアノなのですが。

私、ピアノが私を選んでくれたんだと思っていた。だけど、クリスチナ・ロセッティという詩人の「最初に私があなたを愛した」という詩と2017年に出会ったのですが、「最初に愛したのは私 だけどあなたの愛は私の愛を超えて舞い上がり高らかと歌を歌った」

私、ずっとピアノが私を愛してくれたと思っていた。だけど私もピアノを愛しているのではないか。

ピアノを、最初から愛していたのではなく、ピアノが私を愛してくれていることに感謝をし、ピアノを愛するようになったのだと思います。

母にやらされ、嫌で嫌でしょうがなかったピアノ。

クリスチナの詩そのまんまです。

ピアノを愛してる。私にあれだけ嫌われても私を愛してくれていたから、愛してる。ピアノを愛してる。

私個人の感情や、母より、ピアノ・音楽の方が強かった。

私、不思議に思っていることがあって。

ピアノ・音楽は、何でこんなに私を愛してくれたんだろう、と思ってて。

言葉で愛してる・愛してると表現できるから、この人、今は私を愛してくれてなくても好きだわ、というのが、ピアノ・音楽の声だったのかな、と。

よくわかりません。

世の中、音楽を仕事にしたくてもできない人が多いのに、どうしてピアノ・音楽は、私なんかを選んでくれたんだろう、と。

わからないけど、愛しています。

私の人生は、最初音楽を嫌々やらされたけど、ピアノ・音楽から愛された、音楽と私の愛情物語だと思っています。

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ブログ 2020/03/12