私がピアノ教室を開いたのは2005年です。

そしたら地元で話題の先生になり、外を歩いていると「あっ、ピアノの先生だ」と知らない高校生から言われたりしました。

教室を開いたら、みんな、人が来てる風に思ってたらしく、現状は生徒が1人という現状でした。

2006年7月14日、母が亡くなったら、あの先生どうやって生きていくんだろう、と悲劇のピアノ教師扱いで、ピアノをやめて会社員にでもなるのかな、と話題の的になりました。

外を歩いていたら、すれ違う時、中学生から「ピアノの先生ってバイトとかしてるの?」と面白そうに言われました。

この話、今書き途中の小説「元神クールベ」で使わせてもらいました。

苛酷な運命に翻弄されるピアノの先生がクールベの愛で救出される、という話です。

トラウマ掘り起こし作業みたいな小説で、なかなか筆が進みません。ネタならたくさんあるんだけど。

2006、2006って、2006年は私の心に壮絶なトラウマを与えました。

人生って、その時は意味がわからなくても、後になってみたら「ああ、あのつらい出来事には、こんな意味があったんだ」と振り返れることって、だれの人生でもあることだと思うのですが、最近、「私、元神クールベ書くためにああいう目にあったんじゃないか」と自分を上からみれるようになり、2006年ネタなら大量にあるし、うん、今、書いていて思ったけど、元神クールベ書くために、2006年あんな苦しみを味わったのだと思います。

ところが、今2020年ですよね。今日生徒さんに「2006、2006って言ってるの、もうやめようと思った」って言ったら、「そうだ」と言われました。

2006、単なるネタで、自分の意識から消してしまおう、忘れよう、と思いました。

元神クールベ、2006年のトラウマ掘り起こし作業になることを覚悟していて、なかなか筆が進みません。

一人でいるピアノの先生のことをいつも天使のクールベが見守っていてくれている、という話なのですが。それで、波長が合って姿が見えてしまい、天使とピアノの先生の恋物語、クールベは肉体を持って天から降りてきて、二人は結ばれ、結婚して終わるのですが。

日常生活の中で2006年のことを思い出さない、こだわらないようにしようと思います。

元神クールベを書いていたら、どうしても2006年のトラウマを掘り起こす作業になってしまうけど、仕方ないと思います。

14年前ですよね、2006年って・・・。

そのぐらい2006年が物凄いトラウマだったんだと思います

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ブログ 2020/01/04