今日は、生徒さんは来なかったのですが、色々思うことがあった日で、ピアノ教室の運営をしている女の人からインスタにフォローがあったり、ジャン・リュック・ゴダールの「男と女のいる歩道」(1961年フランス映画)を観ました。

普通の女性でレコードショップの店員をしているナナ(アンナ・カリーナ)が、貧しいことをきっかけに売春を始め、ヒモがついたりして、堕ちてゆくという話だったのですが、どんな普通の女性でも、「貧しい」というきっかけがあれば、誰にでも起こりえることなのではないか、と思いました。

私も、バリバリ稼いでるピアノの先生ではなく、貧しい時代とかあるけど、食費を一回1500円にしてもらって週2回来てもらって、食費を1週間で3000円、月12000円に抑えてくれる、というヘルパーさんを去年の11月から利用しているのですが、そしたら、ピアノのお給料を全部取っておいて自分の好きなことに使える、という金銭状況になりました。それまではお金が入るとすき家・吉野家に消えていくという生活を送っていました。

昨日、生徒さんが来たけど、そのお金で、洋服買ったし。

私が思うことがあったのは、12章から成る映画だったのですが、その第11章。カフェで老人とナナが会話になるのですが、その老人が「20歳の若者に愛がわかるか」という台詞。

中学生、高校生や大学生って、恋に目覚め、恋愛の盛りみたいな時期で、20代で結婚する人もいるし、だけど、本当の恋愛ができるっていうか、恋愛を若い頃よりうまく進めて、大事に壊れないで守っていけるって、ある程度年齢や経験を重ねた大人なんじゃないかな、と思いました。こんなこと書いてるから、あなたの文章日本でウケなくていいね!来ない、と言われてしまうのですかね。

私が、愛は何かということを知ったのは、2007年だったと思います。

2003年の12月(大学3年生の時でした)、初めて行った美容院で、初めて髪を切られた美容師さんに恋に落ちました。

その後、秋田に戻り、美容院からは「その人美容師を辞めた」と聞き、インターネットを使って、ずっとその人を探していました。

そしたら、2006年の6月、その人を見つけました。他の美容院に移っただけでした。

それで、電話をかけたら偶然その人が出て、「ずっと好きだった」と告白したら、「結婚を前提につきあっている人がいて、ごめんなさい」と言われ、「美容師と客の関係でよければ来て下さい」と言われ、9月2日(日付で覚えてる)に会いに行きました。

そしたら、つきあいが長いのと彼女が年上だから結婚の話が出てるだけで、結婚する気ない、とか、普通なら客にしゃべらないような話を髪を切りながらされ、「私はこの人の中に何を見ていたんだろう」と思いました。

あと、私が告白したことですごく自惚れさせてしまい、2003年とは態度などが全然違い、傲慢で、すごく調子に乗せてしまい、私の前ではそんな感じで、他の客の前では2003年の接客の、普通のいい美容師さんで、そういう態度の豹変に腹が立ちました。

2007年の2月に籍を入れ、式とかはしなかったそうです。

私、2007年の4月から、2カ月に1回くらいのペースで、東京の美容院まで通いました。

「この人、何でこんなに、私に告白されたぐらいで自惚れてるんだろう」と思い、出した結論は「女の子にモテたいのにモテなくてこうなんだ」と思い、その人の飢えている気持ちを私が満たしてあげよう、と思い、美容院に通い、服装をほめてあげたり、不幸な結婚生活と父親に悩んでいる美容師(私に髪切りながら色々しゃべった)愛情を与えてあげようと必死でした。それなのに、私が伝えたい愛情は全く伝わらず、自惚れさせただけでした。

2008年にはもう通うのをやめたのですが、愛情がどんなものなのか知ったのは2007年だった気がします。

その美容師さんには、本当に忍耐しました。我慢しながら、愛情を与えてあげようと必死でした。

その話に続きがあるのですが、その美容院のホームページのその人の写真を見せると、みんな「え、この人?」と言います。

私のピアノの生徒も「え、この人?すごい顔・・・」「本当にこの人なの?」と言っていました。

顔が悪いのが原因で女性にもてない美容師さんの自惚れを満たしてしまった1年でした。2003年の接客と技術にだまされました。今では笑い話なのですが。

私が愛情とはどういうことなのか知った2007年でした。本当に忍耐しながら、愛情を与えてあげよう、気持ちを満たしてあげよう、と必死でした。

自分が受け取る愛情ではなく、他人に愛情を与えるということがどういうことなのか、学んだ1年だった気がします。

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ブログ 2019/06/27