今までの教室のテーマソングはマルグリット・デュラスの「愛人 ラマン」でした。

14歳の主人公の女の子は、金にためと割り切って、32歳の中国人の男性とつきあう。愛してるとは思っていなかった。お金のためだと割り切っていた。

しかしフランスに戻る船の上で、自分はあの男を愛していた、と気づき、泣き崩れるのですが、私、ピアノを嫌だと思っていた。それでも本当はピアノを愛していたのではないか。「愛していたのだが彼女には見えなかった愛、水が砂に吸い込まれて消えてしまうように」。

私がそう気づき、泣き崩れたのは、ピアノ教室を始めて3年になった2008年の春でした。その後、ホームページを作り、みんなホームページを見て、来てくれています。

映画化された「愛人 ラマン」も好きなのですが、私、自分が音楽に愛されたと思っていた。家にある本で、クリスチナ・ロセッティの「私が最初にあなたを愛した それから」という詩があるのですが、

「最初に愛したのは私 でもそれからあなたの愛は私の愛を超えて舞い上がり高々と歌を歌った」

これ、ピアノから私へのメッセージに見えていて。

ピアノはずっと私に嫌がられていたのに、私のそばにいてくれた。そのことに罪悪感がひどかった。それでも、私はピアノ・音楽を愛しているのではないか。

最初に私を愛したのはピアノ。嫌だったのに、今では高々と、ピアノを愛している、と歌っている。

「私が嫌ったのに向こうが愛しているんだわ」と調子づいてる面もあった。それなのに音楽は私を愛してくれ、私も音楽を愛してるのではないかと思うようになった。

クリスチナのこの詩を読むだけで、涙ぼろぼろです。「長かった 私の愛は」本当ですね。ピアノ・音楽を愛している先生、そんな普通の先生になることが、こんなにも難しかった。

うちの母は、自分が音楽が好きなだけで、憧れているだけで、音楽・ピアノが選んでくれた・愛してくれたのは、娘の私だった、という所が、人生って皮肉にできている所だと思います。

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ブログ 2019/05/07