昨日書いた、「ヌードモデルのこと裸のモデルって言ってるから乳癌になったんじゃない」と実の母のことを書いたの、言葉がキツすぎたかなー、とオスカーワイルドの「星の子」を読んで、思いました。母親からしてみれば、AVやエロ本とかにだまされて出演しないかとか、心配でしかたなかったのだと思います。

私は、昔の西洋絵画の、クリムトやエゴン・シーレのヌード絵画、クールベのモデルだったジョー、ロセッティのモデルでヌードになったアレクサ・ワイルディングなどが好きで、ボディの美しさに憧れるし、勇気を出して服を脱いだことを褒めたいと思っています。

私の母は教員でした。どうしてそんな母からこんな娘の私が産まれたんでしょうね。

私の西洋絵画、芸術への憧れは本能的なもので、ピアノと違って、誰かから命令されたものではありません。

そんな私がピアノから愛され、天職のピアノ教師に就いたのですが。

芸術を愛しているから、音楽が私を選んでくれたのかもしれない。

ピアノ。こんなに可憐で美しいものに、私、愛された。ピアノが私を選んでくれた。

とにかく、母との確執がひどかったんですけどね。

私は、ヌードになる女優・俳優、昔のヌードモデルなどに、偏見を持っていません。本当に、何とも思っていません。美しい身体に生まれたのならどんどん脱いじゃえばいいのに、と思っています。誰からも命令されてない、私の考えです。

浪人時代、「マーサ 夜明けの誓い」というフランス映画を観たのですが、クロチルド・クローが、裸のギヨーム・ドパルデュー君の身体を洗いながら、「男の人ってキレイ」という場面があって、今だに憶えていて、大好きな場面で。

男性の裸体をそういう風に見れるようになるのが私の夢です。

醜い身体よりいいじゃないですか。「ピアノレッスン」という映画でハーヴェイ・カクテルのヌードを見た時、正直な話、醜いと思いました。

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ブログ 2019/05/06